「できない自分」を払拭する声かけ
「どうせ自分には無理」「算数は絶対できない」——こうした言葉が子どもの口から出るようになったとき、問題は算数の理解だけでなく自己評価にあります。声かけのパターンを変えることがその修正の入口です。この記事では効果的な声かけのパターン・NG表現と良い表現・長期での効果を解説します。
① 声かけのパターン
子どもへの声かけは「能力を褒める」と「過程を褒める」の2種類に分けられ、長期的な学習意欲に正反対の影響を与えます。「頭がいいね・センスがある」という能力を褒めることは、難しい問題で失敗したときに「自分は頭がよくなかった」という自己評価につながるリスクがあります。一方、「よく考えた・最後まで取り組んだ」という過程を褒めることは、失敗しても「次はもっと考えよう」という再挑戦の姿勢を育てます。「できない自分」という認識を変えるには、過程を評価する声かけを日常的に行うことが重要です。
② NG表現と良い表現
日常でよく使いがちなNG表現と、それを置き換える良い表現を整理します。
「なぜできないの?」→「どうやって考えた?」——理由を問い詰めるのではなく、思考プロセスへの関心として問い返します。
「簡単なのに」→「この問題は難しいね」——子どもにとっての難しさを否定せず受け取ることで、「できないのは自分がダメだから」という解釈を防ぎます。
「また間違えた」→「ここまで考えられたね」——間違いの事実ではなく、取り組みの途中までの成果を見ます。
「もっとやれば絶対できる」→「今日はここまで進んだね」——根拠のない励ましより、今日の進捗の事実を伝えます。
③ 長期での効果
声かけのパターンを変えた効果は、短期間では現れにくく、2〜3ヶ月続けることで「算数への姿勢」の変化として現れ始めます。具体的には「間違えてもまた試す」「わからない問題で手が止まる時間が短くなる」「自分で説明しようとする」という行動の変化です。自己評価の変化は学力の変化より先に起きるため、点数が上がる前に行動の変化を観察することが保護者の役割です。「声かけを変えたのに点数が変わらない」と焦らず、行動を評価することが長期的な自己評価の変化につながります。
NG表現と良い表現の具体例比較
| 場面 | NG表現 | 良い表現 | 良い表現の効果 |
|---|---|---|---|
| 間違えたとき | 「なぜ間違えるの」 「また間違えた」 |
「どうやって考えた?」 「ここまで考えられたね」 |
間違いを思考の起点として扱う 回避行動を防ぐ |
| 時間がかかるとき | 「なんでそんなに遅いの」 「簡単なのに」 |
「じっくり考えているね」 「難しい問題だね」 |
子どもの難易度感覚を肯定する 「自分がダメ」という解釈を防ぐ |
| 正解したとき | 「やればできるじゃない」 「頭がいいね」 |
「最後まで考えたね」 「昨日より速くなったね」 |
過程・成長を評価する 失敗時の自己否定を防ぐ |
| やる気がないとき | 「やる気出して」 「もっと頑張れるはず」 |
「今日は1問だけやってみよう」 「昨日やれたね」 |
小さな起点を作る 過去の事実で自己効力感を補強する |
統計
スタンフォード大学のキャロル・ドゥエック博士らの研究によると、子どもへの褒め言葉の種類は、その後の学習行動に影響することがあります。「頭がいい」という能力を褒められた子どもは、努力を褒められた子どもに比べて、失敗後に粘り強さや課題への楽しさが下がり、失敗の原因を能力不足に結びつけやすい傾向が示されました。一方、「よく頑張った」「工夫した」といった努力・過程を褒められた子どもは、失敗後も課題に取り組み続けやすい傾向が確認されています。この研究は、能力を固定的に見るのではなく、努力や方略によって伸ばせると考える「グロースマインドセット」の考え方と深く関わっています。日常の声かけでは、能力そのものよりも、考え方・工夫・取り組み方を具体的に評価することが、子どもの再挑戦を支える実践的な手段になります。
参照:Mueller, C. M., & Dweck, C. S.(1998)“Praise for Intelligence Can Undermine Children’s Motivation and Performance.” Journal of Personality and Social Psychology, 75(1), 33–52./Dweck, C. S.(2006)Mindset: The New Psychology of Success. Random House.(邦訳:キャロル・S・ドゥエック『マインドセット「やればできる!」の研究』草思社、2016年)
よくある質問
できていないのに褒めると嘘になりませんか?
過程を褒めることは嘘ではありません。「取り組んだ・考えた・最後まで試みた」という事実は、正解・不正解にかかわらず存在します。この事実を評価することがグロースマインドセットの核心で、「できた結果」ではなく「取り組んだ過程」が評価の対象です。嘘の褒めとは事実でないことを言うことで、「今日1問解いたね」「最後まで考えたね」は客観的な事実への評価です。
間違いの指摘はどうすればいいですか?
指摘は必要ですがタイミングが重要です。問題を解いている最中の指摘は思考を中断するため、終わった後に「この問題、もう一度確認してみて」と促す方が効果的です。伝え方は「違う」ではなく「どうやって考えたか教えて」で、間違いを思考の入口として扱います。自己評価が低い子どもには特に、指摘の言葉より「どう考えたか」への関心の方が受け取られやすくなります。
励ましても響かないときはどうすればいいですか?
言葉だけの励ましが響かない場合は、課題の難度を下げて実際に「できる」体験を作ることが最も有効です。「頑張れば絶対できる」より「この問題なら解ける」という現実的な成功体験の方が、自己評価の変化に直接つながります。声かけは成功体験を補助するものであり、成功体験なしに声かけだけで自己評価を変えることはできません。